大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成8年(ワ)13303号 判決 1998年3月25日

原告

張暘

ほか二名

被告

芦澤有一郎

主文

一1  被告は、原告張暘に対し、金一〇一七万九二七〇円及びこれに対する平成七年一二月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告李光に対し、金一〇一七万九二七〇円及びこれに対する平成七年一二月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告は、原告王素梅に対し、金一〇一七万九二七〇円及びこれに対する平成七年一二月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項(1ないし3)に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告張暘に対し、金二四八二万〇八八三円及びこれに対する平成七年一二月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告李光に対し、金二四八二万〇八八三円及びこれに対する平成七年一二月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告王素梅に対し、金二四八二万〇八八三円及びこれに対する平成七年一二月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実及び容易に認められる事実

1  李剛(三一歳)は、平成七年一二月二四日午前七時三〇分ころ、埼玉県浦和市田島七丁目一六番二号先の信号機による交通整理の行われている交差点(以下「本件交差点」という。)の横断歩道(以下「本件横断歩道」という。)を自転車に乗って走行中、被告運転の自家用普通貨物自動車(以下「被告車」という。)が本件交差点の信号が赤であるにもかかわらず本件交差点に進入したため、被告車に跳ねられて死亡した(以下「本件交通事故」という。)。

2  被告は、民法七〇九条に基づき、本件交通事故による損害を賠償すべき義務を負う。

3  原告張暘は李剛の妻として、原告李光及び原告王素梅は李剛の父母として李剛の権利を三分の一ずつ相続した(甲第三六号証)。

4  原告らは、本件交通事故による損害賠償として自賠責保険を含め三一〇〇万円を受け取った。

二  争点

1  原告らの主張

(一) 過失相殺について

李剛が本件横断歩道を渡ったときの歩行者用信号は青だった。

したがって、李剛に過失はない。

(二) 損害について

(1) 逸失利益 六九七一万三四六二円

ア 李剛は、将来日本で就職し、日本で生活することを強く希望していた。

また、中国人留学生は、日本で将来就職するために日本の大学院に進学しているから、あえて収入が低い中国に帰国するとはいえない上に、李剛が通っていた埼玉大学大学院卒業生の多くは日本で就職している。

したがって、逸失利益の算定の際の収入は、日本の収入五七三万〇八〇〇円(平成六年の賃金センサス第一巻第一表の産業計、企業規模計、旧大・新大卒の男子労働者の三〇歳から三四歳までの平均年収額)とすべきである。

イ そして、生活費控除率は四〇パーセント、就労可能年数三六年に相当するライプニッツ係数は二〇・二七四五である。

ウ したがって、逸失利益は六九七一万三四六二円となる。

(2) 慰謝料 三〇〇〇万〇〇〇〇円

(3) 葬儀費用等 一五〇万一二四九円

祭壇料、火葬料金、柩車代、志金、生花代、喪服代、返礼品、運送費用、仏壇代金、李光及び王素梅の葬儀代理人である李勇(李剛の兄)及び李英(李剛の姉)の渡航費用の合計である。

(4) 墓碑建立費等 七〇万二一〇〇円

原告張暘らの渡航費用、墓碑建立費の合計である。

(5) 弁護士費用 三五四万五八四〇円

(6) 損害の填補

原告らは三一〇〇万円(前記第二の一4)の外に合計一〇一万円の支払を受けたが、これは、損害賠償とは無関係のものとして支払われたものであるから、損害の填補にはならない。

2  被告の主張

(一) 過失相殺について

(1) 李剛は、本件横断歩道の歩行者用信号が青になる前に横断を始めている。

すなわち、被告が本件交差点の赤信号に気付いた別紙図面<2>(以下の記号は別紙図面のものである。)から<×>までが四九・八メートルないし五二メートルであり、被告車は、時速六〇キロメートルで走行していたから、<2>から<×>まで走行するのに二・九八八秒ないし三・一二秒掛かるところ、本件交差点の信号(歩行者用信号を含む。)が全赤になっている時間が三秒であるから、被告車が<×>に来た際の本件横断歩道の歩行者信号は、赤、ないし赤から青に変わった直後であった。

(2) 被告は、本件交差点に進入する前に本件交差点の信号が黄色から赤に変わったのを見たが、停止措置を採れば本件交差点内に停止するおそれがあったからこれを避けるためにそのまま走行したものである。

(3) したがって、李剛には三割の過失がある。

(二) 損害について

(1) すべて争う。

また、李剛は、中国での勤務経験があるものの日本での勤務経験がなく、就労資格もない上に、両親が共に中国にいることなども勘案すると、日本で勤務する可能性は低い。

ししたがって、逸失利益及び慰謝料の算定の際には、右事情を考慮すべきである。

(2) 本件交通事故による損害賠償として三一〇〇万円(前記第二の一4)の外に合計一〇一万円が支払われている。

第三当裁判所の判断

一  過失相殺について

1(一)  被告は、李剛が、本件横断歩道の歩行者用信号が青になる前に横断を始めていると主張するが、その主張自体は、本件横断歩道の歩行者用信号が青であった可能性を認めるものである(前記第二の二2(一)(1))から、被告の右主張を前提としても、李剛が、本件横断歩道の歩行者用信号が青になる前に横断を始めたとは直ちにはいえないところである。

(二)  ところで、被告は、本件交通事故の態様につき次のとおり供述する(甲第一三号証の六・七・一五・一六・二二、乙第四号証)。

(1) 被告が、本件交差点の黄色信号を見たのが<1>。

(2) 被告が、赤信号を見たのが<2>。

(3) 李剛を発見したのが<3>、そのとき李剛の乗っていた自転車は<ア>。

(4) 急ブレーキを掛けたのは<4>。

(5) 衝突したのは<×>。

(6) 被告車が停止したのは<5>。

(三)(1)  しかしながら、実況見分調書(甲第一三号証の六)には、被告車のスリップ痕が記載されていない上に、本件交通事故を目撃した川上則子の供述調書(甲第一三号証の九)及び被告車に同乗していた玉利智巳の供述調書(甲第一三号証の一〇)には、被告車がブレーキを掛けた旨の記載のないことからすると、被告が<4>で急ブレーキを掛けたとの被告の供述には疑問がある。

さらに、本件交通事故後、李剛が倒れたのが<イ>(<×>から二八・四メートル)、自転車が倒れたのが<ウ>(<×>から三七・〇メートル)、セカンドバックが落ちていたのが<エ>(<×>から三五・八メートル)、黒靴(右)が落ちていたのが<オ>(<×>から二四・三メートル)、眼鏡が落ちていたのが<カ>(<×>から三一・八メートル)と衝突地点からかなり離れた所となっており(甲第一三号証の六・七)、<4>で急ブレーキを掛けた被告車が衝突した際の衝撃にしては強すぎ、<4>で急ブレーキを掛けたとの被告の供述には疑問がある。

以上のことからすると、被告は、李剛の動静を十分には確認しておらず、衝突直前になって李剛を発見した可能性がある。

(2) これらのことに加え、目的地に早く着こうとして被告が急いでいたこと(甲第一三号証の一五・二丁表ないし三丁表・六丁裏、第一三号証の一六・二丁表・四丁表、乙第四号証二丁)を併せ考えると、被告は、目的地に早く着くことのみに気を取られ、本件交差点に進入する前から前方の注視を十分にはしなかった可能性があり、被告が供述する前記(二)の各地点の正確性には疑問がある。

(四)  そうすると、被告が供述する前記(二)の各地点の正確性を前提とする被告の主張(前記第二の二2(一)(1))は、これを認めるまでには至らない。

2  また、赤信号で停止措置を採れば本件交差点内に停止するおそれがあったからこれを避けるためにそのまま走行したとの被告の主張(前記第二の二2(一)(2))は、黄色信号を見た際に減速し、赤信号になった際に停車すべきである上に、そのようにすることができたから、被告の右主張は失当である(甲第一三号証の一五・六丁表・裏、乙第四号証二丁参照。)。

3  したがって、李剛には、本件交通事故につき過失があるとまでは認められない。

二  損害について

1  逸失利益 三三九三万七八一一円

(一)(1) 過去一〇年間の埼玉大学工学部大学院(博士前期課程)の留学生(中国人)の修了後の進路状況及び過去一〇年間の埼玉大学工学部大学院(博士後期課程)の留学生(中国人)の修了後の進路状況は、別紙のとおりであり(甲第二九号証)、この証拠からすると、中国人留学生のうち日本で就職する者がかなりあるといえる(甲第一五号証、第一九号証、第二七号証、第三一号証も同様である。)が、東京外国語大学の外国人留学生卒業・修了者名簿(一九九六。甲第二五号証)によると、中国人留学生五八名中、日本で就職している者が八名、日本で進学している者が二七名、その余が不明ないし帰国者であるから、中国人留学生のほとんどが日本で就職するとまではいえない。

さらに、右各証拠によっても、中国人留学生のうち日本で就職した者の日本での就労年数は明らかでない。

したがって、右各証拠によっては、李剛が日本で就職するとまでいえない上に、李剛の日本での就労年数が六七歳までとは認められない。

なお、埼玉大学工学部機械工学科の卒業生名簿(甲第三三号証から第三五号証まで)には、中国人留学生が日本で就職している旨の記載があるが、これらは、追補版であるから、就職先等の変更を届け出た場合に記載されるのであって、これらに記載されないその余の中国人留学生がどのような進路を採ったかまで明らかではない上に、右卒業生名簿によっても中国人留学生のうち日本で就職した者の日本での就労年数が六七歳までとは認められない。

(2)ア ところで、甲第五号証から第一〇号証まで、第一三号証の一四、第一四号証、第二二号証、原告張暘の本人調書四項ないし一一項・一六項ないし一八項・二〇項・二二項ないし二五項・二九項・三三項・三九項ないし四二項によると、次のことが認められる。

<1> 李剛は、遼寧省丹東市で生まれ、大連市で小学校ないし高校を卒業し、錦州師範学院を卒業した後、大連で約四年高校の化学の教師をしてから大連市内の貿易会社に勤務した。

<2> 一方、李剛の妻である原告張暘は、中国の長春市で生まれ、看護学校卒業後、大連市の病院に看護婦として勤務していた。

李剛及び原告張暘は大連市で結婚したところ、李剛は当初アメリカへ留学してアメリカの会社に就職することを希望していたが、原告張暘は日本で看護婦になることを希望していた。

そこで、原告張暘がまず単身で日本に行き、一年間くらい日本で生活し、日本が良ければ李剛を呼び寄せ、日本が良くなければ一度中国に帰り、アメリカ行きを検討するということになった。

<3> 原告張暘は、来日して一年間日本で生活し、看護婦資格は取れなかったものの李剛に日本に来るように提案し、李剛もこれを了解して来日した。

<4> 李剛は、日本語学校卒業後、平成七年四月埼玉大学工学部応用化学科大学院の博士課程前期(二年間)に入学した。将来は、日本で化学会社に就職し、貿易関係の仕事に就くことを希望していた。

もっとも、季剛は、本件交通事故当時、大学院生であったため具体的な就職先が決まっていない。

<5> 李剛のビザは、平成五年三月二六日から平成六年一〇月六日までが就学ビザであり(期間六箇月、更新二回)、その後、平成八年一〇月五日までの留学ビザに変更されている(期間一年、更新一回。甲第一四号証)が、就労ビザではない。

<6> 李剛の両親である原告李光及び原告王素梅、その親族、原告張暘の親族の多くは中国におり、李剛の墓碑も大連に建立された。

イ これら、李剛の来日目的、本件交通事故の時点における本人の意思、在留資格の有無、在留資格の内容、在留期間、在留期間更新の実績及び蓋然性、就労資格の有無等の事実的及び規範的な諸要素を考慮すると、李剛は、埼玉大学大学院理工学研究科博士前期課程応用化学専攻修了後一〇年間は日本で就労し、その後は中国において就労すると考えるのが相当である。

(3) また、日本における収入は、原告ら主張の五七三万〇八〇〇円(平成六年の賃金センサス第一巻第一表の産業計、企業規模計、旧大・新大卒の男子労働者の三〇歳から三四歳までの平均年収額)を得られたとまで認められないから、五五九万九八〇〇円(賃金センサス平成七年第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計、男子労働者の全年齢平均の賃金額)、中国における収入は、李剛の経歴等をも考慮すると、五五九万九八〇〇円の三分の一である一八六万六六〇〇円とするのが相当である。

(二) そして、生活費控除率は、就労後妻である原告張暘を扶養する(原告張暘の本人調書一一項)ため、四〇パーセントとなり、逸失利益の起算は、李剛が博士課程前期(二年間)を卒業するのが三二歳であるから、三二歳からとなる。

(三) 以上のことからすると、逸失利益は、次のとおりとなる。

(1) 三二歳から四二歳までの一〇年間の逸失利益は、次の数式のとおり、二四七〇万八八九三円となる。

なお、ライプニッツ係数七・三五四一は、一一年(四二年から三一年を引いた年数)のライプニッツ係数八・三〇六四から、一年(三二年から三一年を引いた年数)のライプニッツ係数〇・九五二三を控除したものである。

5,599,800×(1-0.4)×7.3541=24,708,893

(2) 四三歳から六七歳までの逸失利益は、次の数式のとおり、九二二万八九一八円となる。

なお、ライプニッツ係数八・二四〇四は、三六年(六七年から三一年を引いた年数)のライプニッツ係数一六・五四六八から、一一年(前記(1))のライプニッツ係数八・三〇六四を控除したものである。

1,866,600×(1-0.4)×8.2404=9,228,918

(3) したがって、逸失利益は、二四七〇万八八九三円と九二二万八九一八円の合計三三九三万七八一一円となる。

2  慰謝料 二四〇〇万〇〇〇〇円

弁論に現れた諸般の事情を考慮すると二四〇〇万円とするのが相当である。

3  葬儀費用 一六〇万〇〇〇〇円

原告らが主張する葬儀費用等及び墓碑建立費等は、葬儀に係る費用というべきところ(甲第二〇号証の一ないし一二、第二一号証の一ないし三、原告張暘の本人調書一四項ないし一六項)、その内容からして、本件交通事故と相当因果関係ある葬儀費用は一六〇万円と認められる。

4  損害の填補 三一〇〇万〇〇〇〇円

原告らが、本件交通事故に関し、三一〇〇万円(前記第二の一4)の外に一〇一万円を受け取っていることは当事者間に争いがない。

しかしながら、一〇一万円のうち、一五万円は見舞金等として、八六万円は嘆願書を作成してもらったお礼の意も含めて被告が支払っていること、原告張暘は、これらの金員を受け取る際に損害賠償とは関係ないと言われていること(甲第三号証の二一、乙第四号証三丁、原告張暘の本人調書三四項・三五項・三八項)からすると、一〇一万円は損害の填補に当たらないと認められる。

したがって、損害の填補となるのは三一〇〇万円である。

5  損害合計 三〇五三万七八一一円

前記1から3までの合計が五九五三万七八一一円であること、損害の填補が三一〇〇万円であること(前記4)、弁護士費用が本件訴訟の経緯及び認容額等からすると二〇〇万円とするのが相当であることからすると、損害合計は、次の数式のとおり、三〇五三万七八一一円となる。

59,537,811-31,000,000+2,000,000=30,537,811

三  結論

よって、原告らの請求は、被告に対し、それぞれ、金一〇一七万九二七〇円(損害合計三〇五三万七八一一円(前記二5)のうち原告らそれぞれの相続分三分の一(前記第二の一3)に相当する金額)及びこれに対する平成七年一二月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を求める限りで理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判官 栗原洋三)

別紙図面過去10年間の大学院の留学生(中国人)の修了後の進路状況(博士前期課程)過去10年間の大学院の留学生(中国人)の修了後の進路状況(博士後期課程)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例